幻想的で甘美な世界~森茉莉さんの『贅沢貧乏』
森茉莉さんの『贅沢貧乏』。好きな本の1冊です。
森茉莉さんは、森鴎外さんの娘さんです。
先日、お店でこの『贅沢貧乏』の話しをしていたので、再読してみることにしました。
この中にでてくる主人公の魔利。独特の世界観で自分の部屋を作りあげています。
アネモオヌの色は、魔利を古い時代の西欧の家に誘ってゆき、花の向うの銀色の鍋、ヴェルモットの空壜の薄青、葡萄酒の壜の薄白い透明、白い陶器の花瓶の縁に止まってチラチラと燃えている灯火の滴、それらの色は夢よりも弱く、幻よりも薄い、色というものの影のようにさえ、思われる。魔利は陶然となり、文章を書くここと倦くなってしまうのだ。
[森茉莉 『贅沢貧乏』より]
幻想的で甘美な世界を表現する森茉莉さんの言葉は、デジャヴのような風景が目の前に浮かびあがるような錯覚を覚え、陶酔感にも似た気持ちを感じます。
現実に幸福な人間が幸福を感じる時、その幸福感は、その人間の空想の部分の中に、少くとも空想の混りあった所に、存在しているのであって、決して現実のそのものの中には存在しないのである。(中略)。室生犀星の「女ひと」の中に、「ビフテキの薔薇色と脂」という言葉がある。その言葉を読んで以来、ビフテキをナイフで切ってたべるということは「現実」であり、ビフテキ自身も「現実」であるが、ビフテキを美味しいと思い、楽しいと思う心の中にはあの焦げ色の艶、牛酪の匂いの絡みつき、幾らかの血が滲む薔薇色、なぞの交響曲があり、豪華な宴会の幻想もある。又は深い森を後にした西欧の別荘の、薪のはぜる音、傍で奏する古典の音楽の、静寂なひびき、もあるのである。
[森茉莉 『贅沢貧乏』より]
言葉からこれほどまでに現実を彷彿させる想像力を刺激する森茉莉さんの文章はすごいなって思いました。
先日紹介した、リチャード・ブローディガンの『西瓜糖の日々』も甘美な世界を感じます。
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